シューイチ『食べヨムツアー第6弾』で、アルコ&ピース平子さんに著書『今日もふたり、スキップで~結婚って ‶なんかいい″』をご紹介頂きました!

旅行に行きたいねぇ

日記

旅行に行きたい!!!!!!!!!!という気持ちが爆発して少し前に書いたエッセイと載せます。
何年か前に鳥取旅行に行ったときの話です。

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夫は、とても病弱だ。
これまでいろんなところで夫の病弱エピソードについて書いてきたが、いくら披露し続けても尚、ネタに事欠かない

犬・猫、ハウスダストなど各種アレルギーを持ち、少しでもアレルギー源があるところに行けば喘息気味になる。肌のバリア機能は最弱。
春は花粉で目を真っ赤にし、夏は湿気とカビにやられ、秋は肌寒さから熱を出し、冬は乾燥で手足がひび割れる。
でっかい口唇ヘルペスをこさえるのはストレスが溜まっている証拠、副鼻腔炎を発症して顔がパンパンになるのは疲れが溜まったバロメーター。
甘いものを食べすぎれば肌が荒れ、辛いものを食べればトイレに籠城し、インフルエンザの流行に乗らなかったことは未だかつてない。
つらいことがあれば眠れなくなり、眠らなければその後数日間は頭痛と肩こりに苦しめられる。
体力がまるでなく、寝ないと体力がもたないのはもちろん、寝ることで逆に体力を奪われて消耗している姿を見ると、「いや、もうそんなんどうしようもないやんけ!」とお手上げだ。
とにかく、一年を通して常に体のどこかしらの調子が悪い。

この世に生を受けて30年、溢れんばかりの体力と全てを跳ねのける健康を取り柄に生きてきたわたしからすると、なんて気の毒なんだろうと思う。
出会ったばかりの頃は夫の病弱ぶりにひどく焦り、こうしたほうがいいんじゃないか、ああしたほうがいいんじゃないかとあれこれ悩んだり、つらそうに寝込んでいる姿を気に病んで献身的に看病したりもしたが、夫にとってはそれがデフォルトで通常運転。
「君とはそもそものつくりが違うんだよ」と達観し、生活をコントロールしながら自分の虚弱体質と上手く付き合っている。
体調を崩したときにどんな行動を取るのが回復への近道なのかを熟知しており、家で養生すれば治るレベルか、病院にかかるべきかの判断も早く、適切だ。
「具合悪くて熱を測ってみたら発熱していた、すでに葛根湯は飲んだ」
「とりあえず今日は寝るね、スーパーでポカリ買ってきてほしい」
「なんか果物食べたい。食欲はあるけどなにか胃にやさしいものがいい」
現状の報告、具体的な要望、的確な指示。
 そんな体調不良のプロと名高い夫と長く一緒にいて、わたしもずいぶんと慣れた。
今さら夫が体調を崩したところで驚きはしないし、また……?とうんざりすることもない。
わたしにとって、配偶者の体調が悪い生活はもはやデフォルトなのだ。

まだわたしたちが京都に住んでいた頃、一度だけ鳥取を訪れたことがある。
京都から鳥取までは、高速バスで3時間ほど。
駅近くのビジネスホテルを拠点に様々な観光名所を巡り、地元の料理の舌鼓を打ち、二日目はちょっとお高めの温泉旅館でゆっくりする、二泊三日の鳥取旅行。
旅行当日の朝、目を覚ました夫の口からいつもの言葉が飛び出した。
「のどが痛い、たぶん腫れてる」
まだスタートを切っていないというのに、夫の体は期待を裏切らない。
「たぶん大丈夫だと思う」という言葉を信じ、予定通り高速バスに乗って鳥取へと向かった。
一応、その日は何事もなく観光名所を巡れたものの、夜ごはんを食べようと入った店で、夫はひどく疲れ切っていた。
「大丈夫?」
「大丈夫と大丈夫じゃないのちょうど中間」
「ご飯食べられそう?」
「食欲はあるよ。お酒は飲まないでおくけど、君は気にせず好きなだけ飲んでね」
わたしはそれに素直に従い、片っ端から食べたいものを頼み、ひとりじゃばじゃば酒を飲み、地元の食事を満喫した。

翌朝、本調子ではないもののいくぶんかマシになったという夫と、適度に休憩を挟みながら、予定通り観光名所を巡る。
日が暮れ始めたころ、今回の旅行のメインイベントである温泉旅館に向かった。
百年以上の歴史があるその温泉旅館は、建物は古めかしいが清潔感があり、窓からは明るい緑が見えて趣もある。仲居さんの接客も申し分ない。
到着時間が遅かったため、温泉を楽しむ前に部屋で夕食をとることになった。
浴衣に着替えてくつろいでいると、次から次へと懐石料理が運ばれくる。
今朝日本海で水揚げされたばかりだという新鮮で立派な船盛のお刺身を筆頭に、四季折々の食材をつかった目にもおいしい料理の数々。
奮発してちょっとお高めのプランを予約しただけのことはあると、テーブルに乗りきらないほどの料理を楽しんでいると、夫が突然立ち上がってトイレに駆け込んだ。
えずく声が聞こえたので、箸を置いてトイレに駆け寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫だから、君はごはん食べてて」
その言葉に従って食事をしたものの、トイレから不穏な音が聞こえるのはいつまでも止まない。
「ほんとうに大丈夫―?」「大丈夫……気にしないで……」
30分くらいしてようやく出てきた夫は、真っ青な顔をしていた。
「下痢と嘔吐が止まらんかった……全部出したらちょっと落ち着いたけど……」
とりあえず水を飲ませ、布団を敷いて横にならせた。
「なんだろうねぇ、胃腸炎かな? でもずっと同じもの食べてるから違うかな?」
「たとえそうだったとしても、君とおれは胃腸のポテンシャルが違うから……」
時折夫の様子を窺いつつも、音を小さく落としたテレビを見ながら、日本酒を楽しむ。
「……体が熱くて痛い」
今度はなんだ? 関節痛? 熱でも出てきたか?
よろよろと布団から出てきた夫の姿は、全身の皮膚がくまなくミミズ腫れになり、まるで赤く染まった象のようだ。
あまりの様子に言葉を失った。
喉の痛みから始まり、嘔吐と下痢を経て、今度は赤い象。免疫力がバグってやがる。
旅行中に食べた料理なのか、旅館について着替えた浴衣なのか、しんどくて横になっていた布団なのか、なにによってアレルギー反応が出たのか皆目見当がつかない。
とりあえず思い当たる原因の全てを取り除くため、パンツ一枚の姿になり、畳の上に体育座りをし、時間が経過してカッピカピになった白米をもそもそ食べている夫の姿は気の毒さを通り越しておかしくて笑えてくる。
「お刺身とか、茶わん蒸しとか、魚の煮つけとか、デザートとか、おれは食べられないしもったいないから代わりに食べていいよ……」
熱感と痛みに耐えるように小さくなってもなお気遣う夫のやさしさに応えるため、夫の分の大トロとカンパチ、よくわからないけどおいしかったケーキを食べた。

「温泉はやめておこうか」
未だにパンイチでの体育座りを続けるも、一向に治まる気配のない夫にそう声をかけた。
「そうする。でも君は気にせずに温泉に入ってきてね。あと敷地内にきれいなお庭があるから、そこを散歩してくるといいよ、おれの分も楽しんできてくれ……」
「じゃあ、大丈夫じゃなかったら言ってね」
そう言い残して、温泉を堪能し、アイスクリームを食べ、お土産屋さんを覗き、庭園を散歩して、高級温泉旅館をひとりきりで満喫した。

翌朝、目を覚ますと、すっきりした顔の夫がコーヒーを飲んでいた。
どうやら体調は回復したようだ。
「昨日はごめんね……」
「えっどうして謝るの? 具合が悪かったんだから仕方ないでしょう」
かなしそうに頭を垂れて謝る夫の真意がわからなかった。
「だって、せっかくの旅行なのに体調を崩しちゃって」
「おいしい料理も一緒に食べられなかったし」
「お風呂上りにお散歩しようねって約束してたのに」
「それなのにおれはずっと寝込んじゃってさ……」
あまりの落ち込みっぷりに、今にも体が畳にめり込みそうだ。
「ウケる。また来ればいいじゃん」と大笑いしてしまった。

「君はさぁ、ほんとうにやさしいよね」
「え、なんで?」
「せっかくの旅行なのに体調を崩すなんて! って機嫌悪くなったりしないじゃん」
「しないでしょ、普通。だってあなたのせいじゃないんだし。むしろ勝手にひとりで旅行を満喫してるんだから、やさしくないと思うよ」
「それもやさしいんだよ。おれは子供の頃から体が弱かったから、旅行先で体調を崩して途中で帰るってことはザラだったんだよ。おれのせいで雰囲気が悪くなったり、気を遣って一緒にいようとしてくれたりすると、むしろ申し訳なくてずっと居心地が悪かったから。君は勝手に楽しんでくれるんだから、これほどありがたいことはないよ」
わたしはただ、夫の言葉通りに受け取って行動していただけなんだけどな。
災い転じて福となすというか、わたしの愚行をずいぶんいい意味で捉えてくれたものだ。
帰りのバスで、夫は「一緒に旅行ができたのが君でよかった」と喜んでいるから、まあよしとしよう。

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書いてちょっとは気がまぎれるかな~と思ったけど、逆に気軽に旅行に行けてた頃を思い出して、余計に旅行の行きたさが増幅してしまった。
あ~~~~~旅行行きてぇ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!

こういう感じの夫婦の話とか、こういう感じ以外の日常生活の話や友達の話とかが多数収録されたエッセイ本が出たのでみなさん買ってください。
タイトルは『今日もふたり、スキップで』です。
自分で言うのもあれですが、めちゃくちゃいい本なので。