大和書房WEB『今日もふたり、スキップで』第9話、AM連載『命に過ぎたる愛なし』第56回が公開されました。
初めて書籍を出版して

初めて書籍を出版して

2019/08/05

暑い。暑すぎる。
夏ってこんなに暑かったっけ。

3か月ほど前、生まれて初めて本を出した。

タイトルは『ものすごい愛のものすごい愛し方、ものすごい愛され方』。
著者名と合わせると、ものすごい愛という単語が4つも出てくる。
当初は、担当の編集さんからは「デザインのバランスを考えて、『ものすごい愛のものすごい愛し方、愛され方』でいきましょう」と言われたのだが、これだけは頑として譲らずに現行のタイトルを無理矢理に押し通した。
なんだって、カロリーが高い方がいいに決まってる。

本を出してすぐ、いろんな人たちから「本を出したら生活がガラッと変わるよ」「取材がたくさん来て忙しくなるよ」と楽しみな脅され方をしたが、本を出す前と本を出したあととでは、わたしの生活はほとんど変わっていない。

朝8時に起きて、夫の朝ごはんとお弁当を30分でつくり、仕事に行く夫を送り出し、録画しておいたテレビ番組を観ながら残り物を食べ、午前中のうちに洗い物と洗濯と軽い掃除を済ませる。
メールを返したり、都合の悪いメールを返さなかったり、ウンウン唸りながら原稿をやって過ごし、日が落ちた頃にスーパーへ買い物に行き、夜ごはんの支度をする。
夫が帰ってきたら、テレビを観ながら一緒に夜ごはんを食べ、今日も特に何もしてなかったんだよねといういつも通りの報告をし、眠くなるまで穏やかな時間を過ごす。
週に一度は近所の馴染みの店で外食し、週に二度はごはんつくりをサボる。
毎日、毎日、その繰り返し。
本を出したからといって、急に華やかな生活になったなんてことはない。
スーパーで「今日のうちに使い切れるから」と少し鮮度が落ちて安くなった野菜を買ってるし、住民税が高くて文句を言いながらも払ってるし、煙草を切らしたらコンビニまで自転車で買いに行く。
取材も、特にきていない。
人前でマイクをつかってしゃべることもない。
東京に住んでいたらちょっとは変わっていたのかなぁなんて考えるときもあるけれど、わたしは今さら東京で暮らしている自分を想像できない。

ぜんぜん変わらない毎日だけれど、ひとつだけ本を出してから大きく変わったことがある。
それは、本を読んでくださった人たちから「救われました」といったメッセージをたくさんいただけるようになったこと。
本が発売されるまで、わたしはずっと自分のために書いているつもりだった。
自分の経験と、自分の感情を、自分の言葉にして、自分のための一冊にまとめる、最初から最後までその作業に没頭していた。
誰かのために、誰かが幸せになれるように、なんて、烏滸がましいことはほんの少しも考えられなかった。

わたしは、文章を書かずにはいられない人間ではないと思う。
文章を書くことで、自分を解放したり、自分を救ったり、自分を慰めたり、時に自分を傷つけたり、という感覚は今のところない。
きっと、文章を書かなくても自分を解放できているし、救えているし、慰めてもいるし、もともと傷つけようとすら思っていない。
わたしは、わたしと、わたしの手が届く範囲の人たちだけで、きっと充分な人間。
「もうあなたは書くことをしてはいけません」「あなたが文章を書くことでよくないことが起こります」と強く言われてしまったら、きっと平気で書くのをやめられる。
でも、今は書くことが日常になってきている。
「そろそろお風呂に入ろうかな」「そろそろごはん支度をしようかな」「そろそろ寝ようかな」の中に、「そろそろ文章を書こうかな」が当たり前に入ってきた。
なによりも、「あなたの文章で救われました」というたったひとつの言葉だけで、書いてよかったと心から思うし、書いていいのであれば、書かせてもらえる機会があるのならば、できる限り書いていたいという願いはある。

ずっと、わたしは誰かに勝手に救われる人間だった。
そして、わたしが救えるのはわたし自身だけだった。
それが、「救われました」という言葉によって、ちゃんとひとつひとつがやさしく繋がっているものなんだねと、涙が出そうになった。
自分が、誰かを救える側の人間だとは、今でも微塵も思っていない。
5年後、10年後、もしかしたらわたしは文章を書くことをやめてしまっているのかもしれない。
でももし、そのときも文章を書いていたら、書かせてもらえるのだとしたら、今までもそうだったように、自分の経験と自分の感情を、自分の言葉で表現できる人間でありたいと思う。

今年の夏は、いつもよりずっと暑く感じる。
もうしばらくしたら、北海道に帰る。
きっと、すぐに涼しくなるね。